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第0回②/理解の層が抜けると、すべてが崩れる

前回は、「うちの子は大丈夫」と思っていたご家庭ほど、
気づいたときには学びの土台が崩れかけている――そんなお話をしました。
今回はもう少し踏み込んで、
なぜ一度つまずくと、取り戻すのがこれほど難しいのかという“構造”の話をしてみたいと思います。

 

私たちはつい、勉強を「時間で積み上げるもの」だと考えがちです。
1時間、2時間、3時間……机に向かえば、その分だけ積み上がる。
けれど、実際の学びはそうではありません。
学力は時間ではなく、理解の層で積み上がるものです。

たとえば、小学校の算数で「分数」がよくわからないまま進むと、
中学校の「比例・反比例」や「一次方程式」も理解しづらくなります。
英語なら、be動詞の感覚を曖昧にしたまま「進行形」や「受動態」を学ぶと、
どんなに例文を暗記しても応用がきかない。
――つまり、“わからない”は単元の終わりではなく、理解の空洞の始まりなのです。

そしてその空洞は、放っておくと“理解の層全体”を下から崩していきます。
ある日突然、テストの点数が落ちたように見えても、
実はその何か月も前、何年も前から、地中で静かに崩落が進んでいたのです。
この「ゆっくりと沈む構造の怖さ」を、保護者の方はあまり目にしません。
目に見えるのは“成績の結果”だけだからです。

塾では、こうした“空洞の補修工事”を何度もやってきました。
表面上のミスは直せても、理解の層そのものが抜けている場合、
そこを補うには数倍の時間と精神的エネルギーが必要になります。
遅れを取り戻すというより、
「一度崩れた基礎を、別の足場を組んで立て直す」ような作業に近いのです。

本人も最初はがんばります。
でも、勉強をしても点が上がらない。
努力しても報われない。
そう感じ始めると、
「自分は頭が悪いのではないか」と思い込むようになります。
本当は頭の良し悪しではなく、理解の層が壊れているだけなのに――。

この誤解が、子どもたちの心を静かに蝕みます。
一度「自分はできない」と信じてしまうと、
それを覆すのにまた時間がかかる。
学びに向かう意欲は、理解が積み上がるときにこそ芽生えるのです。
つまり、学力の問題は、やがて自己肯定感の問題に変わるのです。

私は、何百人という生徒を見てきて、
「わからない」が「嫌い」に変わる瞬間を何度も見てきました。
そして、「嫌い」になってしまうと、その科目はもう触れなくなります。
問題を見るだけで心が拒否する。
そうなる前に、誰かがそっと支えてあげる必要があるのです。

学校の先生は、一人の子の“抜けた層”まで戻る時間がありません。
だからこそ、家庭が早めに「おかしいな」と感じることが何より大切です。
テストの点が落ちたとか、宿題を忘れたという表面的なことではなく、
「説明を聞いてもピンと来ていない」――その小さな違和感こそ、
最初のサインなのです。

「まだ様子を見ようか」と思うお気持ちはよくわかります。
けれど、“学びの遅れ”は、時間では解決しません。
崩れた層を修復するには、誰かが手を添える瞬間が必要です。
塾の役割は、まさにそこにあります。
勉強を先に進める場所ではなく、理解を下から支える場所。
それができるうちに行動できれば、
子どもの心が折れる前に、再び積み上げが始められるのです。

次回は、この「崩れた層」を放置したまま進むと、
どんな現実が待っているのか――
大学受験の現場から“推薦合格”、“現役合格”という言葉の裏側にある、もうひとつの現実をお話しします。

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