前回の第3パートでは、
“安心して戻れる環境”があることが、
子どもたちの学びを支えるというお話をしました。
「怒られない」「バカにされない」「もう一度やってみていい」
――その空気があるだけで、子どもの心はほどけていく。
では、そこからもう一歩。
どうすれば、子どもは自分から“戻る勇気”を出せるようになるのでしょうか?
多くの子どもたちは、
「もう一度やってみなさい」と言われても、
心の奥ではこう感じています。
「また失敗したらどうしよう。」
「もう一度できなかったら、今度こそ自分を責めてしまうかも。」
“戻る勇気”を出せない理由は、
過去の失敗の痛みがまだ癒えていないからです。
勇気は、叱咤ではなく記憶から育ちます。
それも、うまくいった記憶――
「できた」「分かった」「褒められた」という、
小さな成功の積み重ねが、次の挑戦の土台になります。
つまり、“戻る勇気”は、
「できた日の記憶」をもう一度思い出す力でもあるのです。
たとえば、ある中学生の男の子が、
英語の並べ替え問題をどうしても苦手としていました。
「もうやりたくない」と机に伏せた彼に、私はこう言いました。
「先週、英文和訳は自分でできてたでしょ。
あのとき、すごく嬉しそうだったじゃない。
今日の問題も、あの“できた感じ”をもう一度思い出してみよう。」
彼は黙ってうなずき、
ゆっくりとノートを開きました。
そして数分後、照れたように笑って言いました。
「できた。…先週と同じ気持ちになった。」
その笑顔は、“戻る勇気”が生まれた瞬間でした。
自信は、“完璧な成功”からではなく、
「もう一度できた」という実感から作られます。
大切なのは、ミスをしないことではなく、
ミスを乗り越えたあとに、もう一度“できた”を積み上げること。
この繰り返しが、心に“回復の記憶”を残します。
子どもが失敗から立ち上がるとき、
その手を引くのは、叱咤でも努力でもなく、
「できた日の自分を信じる力」です。
私たち大人にできるのは、
その“できた日の光”を一緒に思い出させてあげること。
「あのとき、よく頑張ったね。」
「ここまでできるようになったじゃない。」
それだけで、子どもの中の“再挑戦の回路”が動き出します。
私は塾で、こう話します。
「勇気は、“次もできる”と思う心じゃなくて、
“もう一度やってみよう”と思える心のことだよ。」
勇気は未来の結果ではなく、
いま手を伸ばす決意のこと。
だからこそ、
「もう一度やってみよう」という言葉が、
心の奥に小さく灯ったとき――
それを消さないように、そっと支えてあげてほしいのです。
“戻る勇気”は、自信の再構築です。
一度壊れた自信を修理するのではなく、
“積み直す”という形で新しく育てていく。
それは、「またできた」という体験を積むことに他なりません。
そして、それを支えるのが、
家庭や塾という“安心して戻れる環境”です。
子どもが一歩戻っても、その背中を押してくれる人がいる。
その存在こそが、勇気の根っこになるのです。
学びにおいて最も美しい瞬間とは、
子どもが「もう一度やってみる」と口にする瞬間です。
それは、自信を取り戻したということではなく、
自信を“作り直す”覚悟を持った証拠だからです。
次回・第5回第5パートでは、
このシリーズの締めくくりとして――
「“苦手”を越えて、“学びを生きる力”に変える」
という最終メッセージをお届けします。
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