――焦らせたくなる気持ちも、教育の一部なんです。――
1.焦らない子どもを前にして
塾をしていると、こういうご相談をよくいただきます。
「うちの子、成績が下がってもまったく焦らないんです」
テストの点を見ても、反応がない。
ため息をつくのは、親の方だけ。
子どもは少し笑って「まあ、次がんばる」と言って終わり。
でも、その『軽さ』に救われるよりも、
「この子は本気で分かってるの?」と不安になる。
きっと誰もが、一度は感じたことのある心配だと思います。
2.焦らないのではなく、整理できていない
ここで、まず知っておいてほしいことがあります。
『焦らない子ども』というのは、
何も感じていないわけではありません。
テストが終わった直後というのは、
自分の何が悪かったのか、どう直せばいいのか、
頭の中がまだごちゃごちゃしている状態です。
大人でも、仕事でうまくいかなかったときに、
「どうすれば良かったか」を言葉にするまで時間がかかりますよね。
子どもも同じです。
つまり、「焦っていないように見える」のは、
まだ整理がついていないだけなんです。
焦りより先に、理解の時間が必要なんです。
3.親の焦りの正体
一方で、親が焦るのも当然です。
成績が下がれば、「このままで大丈夫?」と感じる。
それは、『今』に対する焦りではなく、
『この先どうなるんだろう』という未来への恐れです。
その不安は、ちゃんとした愛情の形です。
子どもを思うからこそ、心配になる。
ただ、その焦りは、
ときに子どもにとって『プレッシャー』として届いてしまうことがあります。
たとえば、
「次こそ頑張ってよ」と声をかけたつもりが、
子どもには「失敗しちゃいけない」という重たい意味で伝わってしまう。
焦らせたいのではなく、信じたいだけなのに――
その思いが、すれ違ってしまう瞬間があるんです。
4.焦らせる言葉と、寄り添う言葉
じゃあ、どうすればいいか。
焦らせる言葉ではなく、『考える余白』を残す言葉を使うこと。
「なんで焦らないの?」ではなく、
「気にしてないように見えるけど、大丈夫?」
ほんの少しトーンを変えるだけで、
子どもの受け取り方がまったく違ってきます。
最初の言葉は『責め』に聞こえますが、
後の言葉は『心配』として届きます。
そして、心配の中には『信頼』が含まれています。
焦りをぶつけるより、
信頼の温度を伝えること。
これが、親としてできる最初の一歩です。
5.沈黙の中にも、考える時間がある
「何も言わない時間」は、放任ではありません。
子どもが、自分のペースで現実を受け止める時間です。
親が口を出さないと、
子どもはその静けさの中で、自分を見つめ直します。
それは、『叱られない時間』ではなく、
『信じてもらえている時間』なんです。
焦る気持ちはあっても、
少しだけ『待つ』という選択をしてみてください。
私たち大人が焦らないことで、
子どもが初めて「自分の焦り」に気づきます。
焦りを伝えるのではなく、
焦れる力を育てる――それが教育の始まりなんです。
6.焦りを伝えるより、信頼を示す
子どもの行動を変えたいと思うとき、
多くの親がつい「言葉」で焦りを伝えようとします。
「次は頑張ってね」「そろそろ本気出してよ」
――そう言いたくなる気持ちは、とても自然です。
けれど、子どもにとってその言葉は、
『急かされる』よりも『評価されている』ように感じることが多いんです。
だからこそ、焦らせる代わりに、
信頼を『態度で示す』ことを意識してみてください。
言葉を選ぶより、表情を落ち着かせる。
心配するより、「大丈夫」と一度、信じてみる。
焦りではなく、安心が伝わると、
子どもは少しずつ「自分のペースで焦り始める」ようになります。
――焦らせずに「動かす」ためにできること――
7.焦らせない3つの行動
ここからは、焦らせずに行動を引き出すための3つの具体策を紹介します。
どれも、特別なスキルではなく、
『今日からできること』です。
① 事実を一緒に整理する
点数の高い・低いにこだわらず、
「どこができて、どこが苦手だったか」を一緒に見る。
このとき、最初に伝える言葉は「惜しかったね」がいい。
たとえ点数が低くても、『努力を見てもらえた』という感覚が残ります。
その小さな認知が、次の行動につながります。
② 次の一歩を本人に選ばせる
親が「ここをやりなさい」と指示を出すと、
子どもは『他人の課題』として受け取ります。
でも、
「次、どこを頑張りたい?」
と聞かれると、自然と自分で考えはじめます。
指示ではなく、質問。
それが、意識を『自分ごと』に変える一番の近道です。
③ 短期目標を共に立てる
「次のテストで○○点」よりも、
「今週だけ理科をちょっと見直そうか」くらいの目標がちょうどいい。
長期の計画はプレッシャーになりやすく、
短期の行動は達成体験を生みやすい。
うまくいかなくてもいいんです。
一緒に取り組んだ『時間の共有』そのものが、信頼の土台になります。
8.塾で見た、ひとつのエピソード
以前、あるお母さんが息子さんにこう声をかけました。
「点数の話は今回はもうやめよう。代わりに、次のテストのあと、どんな顔して帰ってきたいの?」
その子は少し黙ってから、「今よりマシな顔かな」と笑ったそうです。
次のテストの点が劇的に上がったわけではありません。
でも、家で机に向かう時間が増えた。
子ども自身が、『自分で動きたい』と思い始めた瞬間でした。
叱ったり、焦らせたりしたわけではない。
ただ、信じてもらえた安心が、
子どもを静かに動かしたのです。
9.焦らない親がつくる「空気」
家庭の空気は、親の表情で決まります。
親が焦ると、子どもは不安を感じ、
親が落ち着くと、子どもは考えはじめます。
焦らないというのは、何もしないことではありません。
「安心の空気を作る」という、立派な行動です。
家の中が穏やかであるだけで、
子どもは『自分を立て直す場所』を見つけられます。
焦らない親の姿こそ、
子どもが「自分も頑張ってみよう」と思える、いちばんの励ましなんです。
10.焦らせるより、信じて待つ
焦りを手放すことは、簡単ではありません。
子どもの将来を思うほど、不安は消えません。
けれど、その不安をそのまま口にするよりも、
「信じているよ」と一言伝えるほうが、ずっと力になります。
焦らせる教育より、焦らなくても挑戦できる環境。
それを整えるのが、親の役目です。
焦らないあなたが、
子どもを一番動かします。
🌿全体のまとめ
子どもが焦らないのは、何も感じていないからではない。
→「整理の時間」が必要だから。
親が焦るのは、今ではなく未来を思うから。
→ その焦りは愛情の裏返し。
でも、焦らせる言葉よりも、信頼の温度を伝えることが大切。
→ 子どもは、安心の中で自分の焦りに気づく。
焦らないことも、教育のひとつ。
静かに待つことで、子どもは考え、動きはじめます。
焦らせるより、焦れる力を育てる――それが、やさしい教育の第一歩です。
🎬 次回予告
「やる気が続かない・すぐに飽きる」
意志ではなく、仕組みで動く子どもたち。
続ける力を、どう設計してあげればいいのか――
次回、具体的にお話しします。
コメント