――夢がないわけじゃない。ただ、まだ見えていないだけ。――
1.「将来、何になりたいの?」に答えられない子
塾で面談をしていると、こういう言葉をよく聞きます。
「うちの子、志望校が決まらないんです」
「将来の夢を聞いても、『わかんない』って言うだけで……」
親としては当然、不安になります。
周りの子が目標を語り出す時期に、
自分の子どもだけが「無関心」に見えてしまうからです。
でも――
それは『やる気がない』わけでも、『考えていない』わけでもないんです。
ただ、まだピントが合っていないだけなんです。
2.目標を立てられない理由
中学生が目標を持てない理由は、意外とシンプルです。
それは、「自分の『好き』をまだ正確に言語化できない」から。
子どもたちは、興味の『種』はたくさん持っています。
でも、それが職業や進路とどうつながるのか、まだわからない。
本を読むのが好きでも、作家という職業を想像できない。
数学が得意でも、それがエンジニアになる道だと気づかない。
つまり、「好きなこと」や「得意なこと」はあるのに、
それを『進路の言葉』に翻訳する力が、まだ育っていないんです。
3.焦る親の気持ち
保護者の方が焦るのも当然です。
受験という期限がある以上、「そろそろ決めないと」と思うのは自然なこと。
でも、焦りが前に出すぎると、
子どもは「選ばされる側」になってしまいます。
「あなたのためを思って言ってるのよ」
――その言葉が、プレッシャーになって届くこともある。
そして、まだ曖昧な将来像が、ますます言いにくくなる。
親の焦りと、子の曖昧さ。
この二つがぶつかるとき、家庭の空気が少し重たくなるんです。
4.目標が『ない』のではなく、『形になっていない』
私が長年、子どもたちを見てきて思うのは、
「目標がない子」はほとんどいない、ということです。
たとえば――
・誰かの役に立ちたい。
・できなかったことをできるようになりたい。
・褒められたい。
それらはすべて、まだ形になっていない『目標の芽』です。
それを『言葉』にするのが難しいだけなんです。
でも、その芽を無理に引き出そうとすると、
「どうせ無理」「わかんない」と閉じてしまう。
だから大切なのは、問い詰めることではなく、待つことなんです。
5.『見つけさせる』より、『気づかせる』
目標は、『教える』ものではありません。
本人が、『自分で気づく』しかない。
親ができるのは、
その気づきのタイミングを邪魔しないことです。
たとえば、
「〇〇高校に行きなさい」ではなく、
「あの学校、どんな雰囲気だと思う?」
と聞いてみる。
答えを出させるのではなく、『考えるきっかけ』を渡す。
その小さな会話の中で、子どもは少しずつ「自分の言葉」で話し始めます。
6.親の役割は「指導者」ではなく「伴走者」
親が進路を決める時代ではありません。
でも、放任するだけでもいけません。
必要なのは、「方向を示す指導者」ではなく、
隣を歩く伴走者の姿勢です。
決めてあげるのではなく、決める時間を一緒に過ごす。
意見するのではなく、考える間を与える。
期待するのではなく、信じて見守る。
子どもが「この人は焦ってない」と感じた瞬間、
初めて『自分で決める準備』が始まります。
――目標は、押しつけではなく、気づきの中から生まれる。――
7.「正解」を求めすぎない
親が志望校を考えるとき、
どうしても『正解』を探してしまいます。
どの学校がいいか、どの道が安定しているか――。
けれど、子どもにとっての進路は、
『正解』よりも、『納得』が大事です。
選んだ学校が良いか悪いかは、
入ってみなければわからない。
でも、自分の言葉で選んだ道なら、
失敗しても立ち直れる。
親が探すべきなのは、『正解の学校』ではなく、
子どもが納得できる選び方なんです。
8.親ができる3つの関わり方
ここでは、子どもが「自分で考えられるようになる」ための、
3つの関わり方を紹介します。
① 否定ではなく「翻訳」をしてあげる
子どもが「別にどこでもいい」と言ったとき、
それは無関心ではありません。
多くの場合、
『自分でも整理できていない』だけなんです。
たとえば――
「別にどこでもいい」=「まだピンと来てない」
「どうせ無理」=「自信が持てない」
「わかんない」=「考えるのが怖い」
親がその言葉の裏を『翻訳』してあげるだけで、
子どもは少しずつ本音を話しはじめます。
質問よりも、共感の翻訳を。
それが、最初の一歩です。
② 「選択肢」を見せてあげる
中学生にとって、『志望校を選ぶ』は非常に抽象的です。
だからこそ、具体的な景色を見せることが大切です。
文化祭やオープンスクールに一緒に行く
通学路を一度歩いてみる
制服や部活の雰囲気を話題にする
実際に見て、感じて、比べてみる。
その体験の中で、
「あ、この学校いいかも」という感情が芽生えます。
『比較』ではなく、『実感』。
それが、決断の土台になります。
③ 決めるのではなく「相談相手」になる
子どもは、最初から「答え」を出したいわけではありません。
ただ、安心して考えられる相手がほしいだけなんです。
「どこに行くの?」ではなく、
「どんな高校生活を送りたい?」
この聞き方の違いが、心を開かせます。
選ばせるのではなく、
『考える時間を一緒に過ごす』こと。
その時間こそ、
子どもにとって「進路を決める力」を育てる土台になります。
9.塾で見たひとつのエピソード
以前、こんな生徒がいました。
中学3年生の春、志望校をまったく決めていなかった男の子です。
お母さんは焦っていました。
「このままで受験に間に合うんでしょうか」と。
私は、その子にこう尋ねました。
「高校って、どんなところだと思う?」
彼はしばらく黙ってから、
「自由なところ?」と、ぽつりと答えました。
そこから少しずつ話が広がり、
「制服が好き」「電車で通いたい」「帰りに本屋に寄りたい」
――そんな小さな『憧れ』の断片が出てきた。
それをつなぎ合わせていった結果、
彼は『自分で』志望校を決めました。
「本屋に寄れる学校に行く」――
そんな理由で選んだ学校でしたが、
彼は3年間、本当に楽しそうに通っていました。
目標は、最初から明確でなくてもいい。
憧れの一片を言葉にした瞬間が、
その子の『志望校』の始まりなんです。
10.親が信じるべき「タイミング」
進路を決めるタイミングは、人それぞれです。
早く決められる子もいれば、最後まで迷う子もいます。
大事なのは、決める時期の早さではなく、納得の深さです。
親が焦ると、子どもは『親のタイミング』で決めようとします。
でも、親が信じて待つと、
子どもは『自分のタイミング』で決められるようになる。
焦らず、待つ。
その姿勢が、子どもの思考を深めます。
🌿 全体のまとめ
「目標がない」は、考えていないのではなく、まだ言葉になっていないだけ。
焦らせるより、「考える時間」と「選べる余白」を与える。
親の役割は、決めることではなく、隣で考えること。
進路は、誰かに教えられるものではなく、自分の中に『気づく』もの。
焦らない親の姿勢が、
子どもにとって『未来を考える安心』になります。
そして、いつかその静けさの中で、
子どもは自分の言葉で未来を語り始めます。
🎬次回予告
「塾代や教育費が家計的に重い」
我慢か投資か――二者択一ではありません。
次回は、家計と学習を『対立』させないための考え方と、優先順位のつけ方をお話しします。
「いま払うべきもの/あとでいいもの」「効く支出/削ってよい支出」を整理し、親子で穏やかに合意できる道筋を一緒に探します。
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