前回の第2パートでは、
“苦手”は能力の差ではなく、順番のズレから生まれる――
というお話をしました。
そして、その順番を戻せば、
苦手は自然にほどけていくということも。
けれど、ここでひとつだけ大切な前提があります。
それは、安心して戻れる環境があるかどうか。
子どもが「戻る」ことをためらう最大の理由は、
「戻ったら怒られるんじゃないか」
「できない自分を責められるんじゃないか」
「去年の問題を解いていたら、バカにされるんじゃないか」
――そんな不安です。
勉強の世界では、
“前に進むこと”が正義のように扱われがちです。
だから、「戻る」ことがまるで“後退”のように思えてしまう。
でも、本当の学びは、
前進と後退のくり返しで形になるものです。
後退は失敗ではありません。
それは、積み上げの順番を確認するための“助走”なのです。
たとえば、
テストの点が下がったとき、
「どうしてこんな点数を取ったの!」と叱るよりも、
「どこから間違えたのか、一緒に見つけてみようか」と声をかける。
たったそれだけで、
子どもは“失敗しても戻っていいんだ”と感じます。
叱られる場所では、反省は生まれても挑戦は生まれません。
しかし、安心できる場所では、反省が次の挑戦を育てます。
塾でこんな出来事がありました。
ある男の子が、何度も同じ単元でつまずいていました。
英語の「三単現のs」。
覚えたはずなのに、テストになると抜けてしまう。
ある日、彼は小さな声で言いました。
「また間違えたら、先生に怒られるかな……」
私は笑って答えました。
「怒らないよ。
“間違えた”って分かったことが、
もう次の一歩だからね。」
それからの彼は、ミスを恐れずに一緒に何度も同じ問題を解きました。
動詞の発見、主語の発見、主語が何人称か、単数か複数か、
「s」をつけるだけなのか、不規則変化するのか――
一問ずつ同じ手順で確認していきます。
以前の彼は「分かればいいから」と、
動詞っぽいものにとりあえず「s」をつけていました。
けれど今の彼は、
「最初に動詞を見つけて…次に主語を確認して…」
と手順を整理し、理解の“順番”を掴みはじめました。
そうして気づけば、
彼は自然と三単現の“s”を克服していたのです。
子どもは、怒られるから行動しないのではありません。
失敗を“許されない”と思うから止まってしまうのです。
だからこそ、塾や家庭の中では、
「間違えてもいい」「戻ってもいい」と
日常的に伝えることが大切です。
「間違えた=挑戦した証拠」
「戻る=立て直そうとしている証拠」
私は塾で、よくこう話します。
「間違えない子は、挑戦していない子です。
“分からない”とか“間違えた”という瞬間を、
できるようになるための“発見の瞬間”として喜びなさい。」
その言葉を心に留めている子は、
間違えたときに落ち込むのではなく、
「見つけられた」と少し笑うようになります。
人は、安心できる場所でしか変われません。
それは大人も同じです。
仕事で失敗したとき、上司や仲間がこう言ってくれたらどうでしょう。
「いい経験になったね。次につながるよ。」
きっと、もう一度やってみようという気持ちが湧いてきますよね。
子どもたちもまったく同じです。
学びは、結果だけで評価されるものではありません。
戻る勇気と、戻らせてくれる環境。
この二つが揃ったとき、
子どもは「失敗しても、また進める」と感じられるようになります。
安心とは、ぬるま湯ではありません。
努力を促す“安全地帯”です。
「やり直しても大丈夫」と思えることで、
人は初めて本気で挑戦できるようになるのです。
学びの本質は、“前に進む”ことではなく、
「止まらない」ことにあります。
そのためには、
安心して戻れる環境を整えることが欠かせません。
次回・第5回第4パートでは、
その「戻る勇気」をどうやって育てるのか――
子どもが自ら立ち上がるための“自信の再構築”について考えていきます。
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