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第5回③/安心して戻れる場所が、もう一度の挑戦を支える

前回の第2パートでは、
“苦手”は能力の差ではなく、順番のズレから生まれる――
というお話をしました。
そして、その順番を戻せば、
苦手は自然にほどけていくということも。

けれど、ここでひとつだけ大切な前提があります。
それは、安心して戻れる環境があるかどうか。


子どもが「戻る」ことをためらう最大の理由は、
「戻ったら怒られるんじゃないか」
「できない自分を責められるんじゃないか」
「去年の問題を解いていたら、バカにされるんじゃないか」
――そんな不安です。

勉強の世界では、
“前に進むこと”が正義のように扱われがちです。
だから、「戻る」ことがまるで“後退”のように思えてしまう。

でも、本当の学びは、
前進と後退のくり返しで形になるものです。
後退は失敗ではありません。
それは、積み上げの順番を確認するための“助走”なのです。


たとえば、
テストの点が下がったとき、
「どうしてこんな点数を取ったの!」と叱るよりも、
「どこから間違えたのか、一緒に見つけてみようか」と声をかける。
たったそれだけで、
子どもは“失敗しても戻っていいんだ”と感じます。

叱られる場所では、反省は生まれても挑戦は生まれません。
しかし、安心できる場所では、反省が次の挑戦を育てます。


塾でこんな出来事がありました。

ある男の子が、何度も同じ単元でつまずいていました。
英語の「三単現のs」。
覚えたはずなのに、テストになると抜けてしまう。
ある日、彼は小さな声で言いました。

「また間違えたら、先生に怒られるかな……」

私は笑って答えました。

「怒らないよ。
“間違えた”って分かったことが、
もう次の一歩だからね。」

それからの彼は、ミスを恐れずに一緒に何度も同じ問題を解きました。
動詞の発見、主語の発見、主語が何人称か、単数か複数か、
「s」をつけるだけなのか、不規則変化するのか――
一問ずつ同じ手順で確認していきます。

以前の彼は「分かればいいから」と、
動詞っぽいものにとりあえず「s」をつけていました。
けれど今の彼は、

「最初に動詞を見つけて…次に主語を確認して…」
と手順を整理し、理解の“順番”を掴みはじめました。

そうして気づけば、
彼は自然と三単現の“s”を克服していたのです。


子どもは、怒られるから行動しないのではありません。
失敗を“許されない”と思うから止まってしまうのです。

だからこそ、塾や家庭の中では、
「間違えてもいい」「戻ってもいい」と
日常的に伝えることが大切です。

「間違えた=挑戦した証拠」
「戻る=立て直そうとしている証拠」

私は塾で、よくこう話します。

「間違えない子は、挑戦していない子です。
“分からない”とか“間違えた”という瞬間を、
できるようになるための“発見の瞬間”として喜びなさい。」

その言葉を心に留めている子は、
間違えたときに落ち込むのではなく、
「見つけられた」と少し笑うようになります。


人は、安心できる場所でしか変われません。

それは大人も同じです。
仕事で失敗したとき、上司や仲間がこう言ってくれたらどうでしょう。

「いい経験になったね。次につながるよ。」

きっと、もう一度やってみようという気持ちが湧いてきますよね。
子どもたちもまったく同じです。


学びは、結果だけで評価されるものではありません。
戻る勇気と、戻らせてくれる環境。
この二つが揃ったとき、
子どもは「失敗しても、また進める」と感じられるようになります。

安心とは、ぬるま湯ではありません。
努力を促す“安全地帯”です。
「やり直しても大丈夫」と思えることで、
人は初めて本気で挑戦できるようになるのです。


学びの本質は、“前に進む”ことではなく、
「止まらない」ことにあります。
そのためには、
安心して戻れる環境を整えることが欠かせません。


次回・第5回第4パートでは、
その「戻る勇気」をどうやって育てるのか――
子どもが自ら立ち上がるための“自信の再構築”について考えていきます。

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