【序:風車との邂逅、そして落馬】
自己採点を終え、目の前に並んだ冷徹な数字を眺めたとき、君たちの耳に届いたのはどんな音だっただろうか 。それは、積み上げてきた努力が瓦解する音だったか。あるいは、目指すべき城門が音を立てて閉ざされる音だったか 。
今、君たちの視界は砂埃に覆われている 。共通テストという名の、巨大で、無慈悲な風車 。そこに果敢に槍を向けた君たちは、今、激しい衝撃と共に叩きつけられ、愛馬ロシナンテと共に泥濘の中に転がっている。
周囲を見渡せば、憐れみの視線や、無責任な慰めの言葉が飛び交っているかもしれない 。あるいは、さらに無謀な突撃を煽る声も聞こえてくるだろう 。「最後まで諦めないのが騎士道だ」と 。
だが、私は今、君たちの前に「銀月の騎士」として立ちたいと思う 。
塾長という立場を一度、脇に置こう。今はただ、サンソン・カラスコという残酷な騎士の名を借りて、君たちに告げねばならない。
君たちの此度の敗北は、決して「終わり」ではない 。しかし、その折れた槍の穂先を後生大事に抱えたまま、勝機の見えぬ戦場へ突っ込むことは、勇気とは呼ばない 。
私が今から語るのは、君たちを絶望させるための言葉ではない 。泥を払い、血を拭い、再びその足で立ち上がるための「再起の作法」である 。
君たちが再び、自分自身の人生という名の騎士道を誇り高く歩むために。銀月の光が照らし出す、冷徹で、かつ慈悲深い現実の話を始めよう 。
折れた槍を眺めていても、戦場は変わらない
地面に転がった君たちの目に映るのは、目標に届かなかった忌々しい「数字」だろう 。
認めよう。共通テストで刻まれたその点数は、もはや魔法を使っても、神に祈っても、一文字たりとも書き換えることはできない 。戦場に刻印されたその事実は、岩のように動かず、君たちの行く手を塞いでいる 。
しかし、ここで一つ、騎士としての心得を思い出してほしい 。
「騎士はいかなる窮地にあっても、決して諦めない」
だが、勘違いしてはならない 。ここで言う「諦めない」とは、ただ無謀に風車へ突撃を繰り返すことではない 。勝利を掴み取るための「次の一手」を、一分の隙もなく考え抜くことを指すのだ 。
「槍が折れたこと」と、「戦いに敗れたこと」は、決して同義ではない。
多くの受験生が陥る罠がある 。それは、共通テストの点数が悪かったという「事実」に、自分はもう何もできないという「絶望」を勝手に接ぎ木してしまうことだ 。
だが、冷静に戦況を見渡してみるがいい 。君たちの手元には、まだ「出願」という名の剣があり、「個別試験」という名の次の戦場が残されているはずだ 。共通テストという風車に撥ね飛ばされたのは、あくまで前半戦に過ぎない 。
今、君たちがすべきことは、折れた槍の穂先を眺めて涙を流すことではない 。その折れた槍の穂先を、短剣として研ぎ直して戦い続けるのか 。あるいは、一度陣を引き、別の砦を攻略するために全軍を移動させるのか 。
「もうどうしようもない」という言葉は、思考を放棄した者が口にする逃げ道だ 。
事実は一つだ。だが、その事実の上にどのような「未来」を築き上げるかは、今この瞬間の君たちの判断の中にしかない 。
砂埃を払い、目を開け。戦場(受験)の全容は、まだ君たちの手の中にある。
この窮地は、人生をコントロールする練習でもある
落馬し、泥にまみれた今、君たちの前には道が二つ提示されていることだろう 。感情に突き動かされて闇雲に再突撃するか 。あるいは、冷徹な理性を盾にして、次なる戦場を選び取るか 。
残酷なことを言うようだが、これからの人生、君たちの志を嘲笑うかのような理不尽や、思い通りにいかない局面は何度でも訪れる 。その時、ただ嘆き、運命を呪うだけの存在で終わるのか 。それとも、手元に残された僅かな資源をかき集め、最善の次の一手を打ち出すのか 。
今はまさに、君たちが自分の人生という名の領地を、自らの手でコントロールする練習の場なのだ。
ここで必要なのは「感情」ではない。「判断」だ 。騎士にとって、泣くことは許されても、泣きながら目を閉じて突撃することは許されない 。
今、君たちの前には具体的な二つの「選択」が提示されている 。
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記念受験(ドン・キホーテの道): 無謀を承知で、憧れの城門へ突っ込むこと 。それは散り際の美学を求める道かもしれない 。
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志望校の変更(戦略的転進): 現実を見据え、確実に勝利を掴める戦場へと移動すること 。それは再起を期する勇者の道だ 。
勘違いしないでほしい。どちらを選んでもいい 。そして、どちらも「逃げ」ではない 。
大切なのは、親や先生に言われたからでも、世間体に背中を押されたからでもなく、君たちが「自分の意志で、そのリスクを引き受けると決めたか」という一点にある 。
「もうどうしようもない」と嘆く子供の時間を終わらせよう 。自分の人生という名の剣を、誰の手にも渡さない 。この窮地を、自らの意志で支配する「大人」としての第一歩を踏み出すのだ 。
大人の助言:君の努力を「無駄死に」させないために
ここで、私は一人の冷徹な騎士に戻らねばならない 。
塾長という立場を一度、脇に置こう 。今はただ、サンソン・カラスコという残酷な騎士の名を借りて、君たちに告げねばならない 。
結論から言おう。「記念受験」という名の玉砕は、美談ですらない 。
風車に弾き飛ばされた者が、立ち上がりもせず、ただ目を血走らせて「奇跡が起きるはずだ」と再び槍を向ける 。それは騎士道ではなく、ただの現実逃避だ 。残酷だが、大学入試という戦場は、もはや気合や根性という名の祈りだけで覆せるほど甘い場所ではない 。そこにあるのは、冷徹な数字の積み重ねと、研ぎ澄まされた学力の衝突だけだ 。
私がなぜ、これほどまでに君たちの「憧れ」を否定するようなことを言うのか 。
それは、君たちが今日まで積み上げてきた数千時間の修練、削ってきた睡眠時間、そして震えながらペンを握り続けたその努力を、「無駄死に」させたくないからだ。
奇跡を願う記念受験が実を結ぶ確率は、砂漠で一粒の砂金を探すに等しい 。もし、その無謀な突撃が君を「不合格」という二文字で真っ白な灰にしてしまうのなら――私は全力で、君を制止しよう。 サンソン・カラスコが、ドン・キホーテの狂気を止めるために銀の鎧を纏ったように 。
君のこれまでの努力は、決して「記念」という名の博打に使い果たしていいものではない 。それは、確実な合格を手にし、次なるステージで牙を研ぎ、いつか必ずその風車を叩き潰すための「資本」であるべきなのだ 。
今は私の槍に突かれ、その無謀な夢から目を覚ますがいい 。それは君を辱めるためではなく、君の命(未来)を守るための、騎士の情けである 。
聖なる儀式:数字という名の「鑑定眼」
目を覚ました君たちが、次に手にすべきは槍ではない 。これより、再起のための現状分析を始めよう 。もはや、根拠のない希望が入り込む隙はない 。数字という名の冷徹な光で、君の現在地を照らし出すのだ 。
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配点の「傾斜」を読み解け: 大学ごとに、共通テストと個別試験(2次)の配点比率は異なる 。君の持ち点は、その戦場においてどれほどの価値があるのか 。傾斜配点後の共通テストの持ち点を算出し、ボーダーラインまで「あと何点足りないのか」を正確に刻め 。
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「過去の先達」たちの記録を紐解け: 志望校の合格者最低点と最高点を確認せよ 。必要な得点が過去の最高点すら超えているなら、それは「蛮勇」だ 。騎士は、勝てぬ戦に身を投じることを誉れとはしない 。
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君の「剣技」は通用するか: 2次試験の科目は君の得点源か 。今の君の練度で、あと数週間かけてそれを「上積み」することが可能か、自分自身に問うてみろ 。
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「用兵家」の知恵を借りよ: 計算に迷いが生じたなら、すぐに用兵家(進路指導の先生や塾の講師)の元へ、データを持って相談に行け 。「なんとなく」を捨て、具体的な作戦を語れ 。
数字は残酷だが、嘘はつかない 。この残酷な分析と恥辱を耐え抜き、それでもなお勝機を見出せる場所こそが、君が次に全霊を賭して戦うべき真の戦場である。
新しい領地(大学)と、譲れない紋章(志)
現状分析の結果、別の砦を攻略することを選んだとしても、誰に恥じる必要もない 。
第一志望でなかった大学へ進むことは、敗北ではない 。それは君が、自分の人生を維持し、次なる飛躍のために選んだ「新しい領地」に過ぎない 。
多くの先達たちも、必ずしも望んだ通りの大学へ進んだわけではない 。だが彼らは、そこで牙を研ぎ、大学院や社会で大いなる手柄を挙げている 。大学名というブランドは、君の最初の「鎧」を飾る紋章にすぎない 。君の「剣筋(実力)」を決めるのは、入学した後の君自身の精進だ 。
ただし、これだけはサンソン・カラスコとして、君たちの魂に釘を刺しておかねばならない 。
「興味のない学問」という城にだけは、決して入るな。
自分が愛せもしない分野を学ぶ場所に選んではならない 。それは君の知性を腐らせ、情熱を枯らし、4年間を「砂を噛むような牢獄」に変えてしまう 。大学のランクを下げても、君の誇りは傷つかない 。だが、学ぶべき「軸」を捨てたとき、君は本当の意味で騎士の資格を失うのだ 。
最後まで心を降ろさなかった人だけが、後悔しない
さて、話は終わりだ 。
君たちは数字を凝視し、己の「無謀」と向き合い、そして「再起」のための地図を広げた 。その過程で流した涙は、もはや弱さの証ではない 。自らの人生を統治しようとする者が流す、高潔な汗だ 。
最後に、私の個人的な思いを執筆(しる)して、この筆を置こう 。
私は、サンソン・カラスコという残酷な騎士の名を借りて、君たちの夢を否定し、理詰めと正論で現実に引き戻そうとしてきた 。それが大人として、教育者として選ぶべき誠実な道だと信じているからだ 。
だが、心のどこかで、私はずっと震えている。無謀を承知で、風車に挑み続ける君たちの「騎士道」に。たとえボロボロになり、周囲から笑われようとも、憧れに向かって槍を突き出そうとするその純粋さに。
かつては私の中にも、そんな眩しいばかりの輝きがあった。キラキラと、そしてギラギラとした、無根拠な自信。しかし、社会に出て、妥協と失望を積み重ねるうちに、それはどこかに置き忘れたのか、それとも無残に摩滅して錆びついてしまったのか。
だからこそ、現実の壁をはねのけようとする君たちの精神が、羨ましいほどに素晴らしいと思うのだ。
絶対がないこの世界で、華々しく散ることを良しとする君たちの輝きを、誰が否定できようか。
どうしても諦めきれないなら、その無謀を抱えて突っ込むがいい 。あるいは、一度槍を収め、もう一年牙を研ぐ(浪人する)という過酷な道を選んで再戦を誓うのも、至高の騎士道だと私は思う 。
合格するかどうか、それだけが人生の勝敗ではない 。この窮地において、途中で考えることをやめず、自らの矜持を貫き、最後まで「自分で決めた」かどうか。
その経験こそが、大学名よりも、最後の判定よりも、この先の長い人生において君を助ける最強の武器になる 。
さあ、顔を上げよ。風はまだ吹いている 。君の冒険は、この挫折の先でさらに深く、豊かに続いていくのだから 。
最後まで戦い抜く騎士諸君に、銀月の加護があらんことを。
追伸: 君がもし、泥の中から立ち上がり、再びその足で歩み出すと決めたのなら。 その決意という名の軍旗を、この場所に残していってほしい。
言葉に宿る力は、時に折れた槍よりも鋭い武器になる。君の「再起の宣誓」を、コメント欄で待っている。
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