■なぜ、多くの家庭は“遅らせる判断”をしてしまうのか
「塾は部活を引退してからでいいですよね?」
「まずは家庭学習で頑張らせて、受験前に本気を出せば間に合いますよね?」
こうした質問は本当に多くいただきます。
そして、この考え方そのものは、経済的には非常に合理的に見えます。
しかし、教育現場で数百名以上の生徒を見てきた私としては、
「3年生からでいい」という判断には構造的な落とし穴があると考えています。
それは“やる気の問題”ではありません。
「才能の問題」でもありません。
子どもたちの多くは、きちんと頑張ろうとしています。
それでも、間に合わない。
追いつけない。
追いつこうとするほど苦しくなる。
その理由は、
「努力が効く構造」がすでに崩れているからです。
■1. 「3年からでは遅い」のは努力不足ではなく「構造の問題」
まず前提として、
数学・英語・理科の一部は「積み上げ型の教科」です。
1年生で学ぶことが「基礎の土台」。
2年生の内容はその上に乗る「2階」。
3年生で初めて「屋根」が乗る。
つまり、下の階が揺らいでいれば、何を乗せても崩れる構造になっています。
しかし、3年生から塾に来る子に多いのは、次のような状態です。
-
1年生の分野をほとんど覚えていない
-
2年生の重要単元(一次関数、比較・受動態など)が曖昧
-
英語の基礎文法(主語・動詞)が分かっていない
-
数学の基本用語(係数・比例・比率・一次式)が説明できない
-
英文を「なんとなく読める気がする」けれど、構造が理解できない
-
「不定詞」「過去分詞」「関係代名詞」と言われてもピンと来ない
ここで最も深刻なのは、
「わからない部分を自覚していない」という事実です。
本人は、
「何となく分かっているつもり」
「たぶん忘れただけ」
と感じています。
しかし、実際には、
「分からない部分が分からない」状態に陥っています。
さらに、単元の重要語句を提示しても反応がないケースも多いです。
-
「不定詞って何?」
-
「過去分詞って“〜過去”のこと?」
-
「係数って数字のこと?」
-
「比例と反比例ってどう違う?」
-
「割合の求め方ってどうだっけ?」
こうした言葉の認識が曖昧なまま、
受験問題だけ解けるようになるのは不可能です。
これは “理解していない”のではなく、“何を理解していないかすら分からない” という二重の困難なのです。
だからこそ、3年生から塾に来る子が苦しむのは当然の構造なのです。
■2. 「振り返り学習」のコストは想像以上に大きい
多くの保護者が誤解しているのは、
「わからない単元だけ戻ればいい」
「1年生の分を少し復習すれば追いつける」
という発想です。
しかし現実には、
戻り学習は「点」ではなく「線」や「面」で行う必要があります。
なぜなら、1つの単元が理解できない場合、
他の単元にも複数の「連鎖的な穴」が開いているからです。
たとえば英語なら、
三単現の s が理解できない子は、
その前段階で次のつまずきがあります。
-
主語とは何か
-
動詞とは何か
-
動詞の場所が分からない
-
文型の考え方がない
-
語順のルールが曖昧
数学の関数が分からない子は、
-
計算の順序
- 移項のやり方
- 変化の割合
-
比例の意味
-
比の扱い方
-
文字式の基本
-
方程式の構造
などが抜けています。
つまり、
1箇所の穴を塞ぐために、5〜10箇所の下層を遡らないといけない。
これは例えるなら、
“最初は小さな雪玉が、
傾斜を転がるうちにどんどん巨大化していく”
そうした構造的な遅れです。
そして3年生の夏以降は、
模試 → 復習 → 学校行事 → 過去問 → 定期テスト と
可処分時間が大幅に削られます。
「部活を引退したから時間が増える」というのは誤解で、
実際は受験関連のタスクが急増していて、振り返って学習する時間が減るのです。
結果として、
振り返り学習は「やるべきだが時間が足りない」状態になり、
なおさら追い込まれていきます。
■3. “個別指導なら間に合う”という誤解とその限界
直前期に多いのが、
「個別指導なら何とかなるはず」
という期待です。
もちろん、個別指導は素晴らしい形態です。
子ども一人ひとりの理解スピードに合わせられるという点は大きな強みです。
しかし、ここに大きな誤解があります。
●個別指導は「整った基礎」の上でこそ最大効果を発揮する
個別は、
「分かる子をさらに伸ばす」
「弱点を短期間で補強する」
という用途に最も向いています。
一方、
基礎から抜け落ちている子の「立て直し」は、個別でも容易ではありません。
なぜなら、
-
本人が「何が分かっていないか」を把握していない
-
講師が探りながら授業する必要がある
-
一度覚えてしまった過去の誤りを丁寧に是正するのに時間がかかる
からです。
つまり、個別は万能ではないのです。
「直前の救済策」として使うのは、
本来の機能とは違う使い方なのです。
個別指導の本領は、
「理解の土台が整った上での最適化」
であって、
「崩れた基礎の緊急修繕」
ではありません。
ここを誤解して選んでしまうと、
費用・時間・結果のすべてがミスマッチになります。
■4. 「3年から始めた子」と「1年から積み上げた子」の決定的な違い
ここでもう一つ、現場でよく見られる対比を紹介します。
●3年から始めた子の学び
-
まず「何が分かっていないか」を探す
-
分からない部分を遡る
-
元の授業に追いつく前に定期テストや模試が来る
-
模試の復習だけで時間が消える
- 復習で分からない部分を遡る
-
結局「過去問」に到達する前に時間切れ
未来に向かって学んでいるのではなく、
過去を取り返す作業が中心になります。
●1年から始めた子の学び
-
基礎が整っている
-
ノート・学び方・復習の方法が確立
-
模試が現在の「弱点探し」として機能
-
受験直前は「仕上げ」と「得点戦略」に集中
最初に基礎を整えているため、
「磨く勉強」に時間を使えます。
これは努力の量ではなく、
「努力の効く構造」が最初に整っているかどうかの違いです。
■5. 早く始めることは焦りではなく「設計」
「早く塾に通うと、お金がかかってしまう」という不安は当然です。
しかし、実際には、
最も高い教育費は“遅れ”です。
最も高くつく授業料は“過去の穴の修繕”です。
学びの仕組みを早期に整えておけば、
塾には「短期間」だけ通えばよくなります。
つまり、
-
基礎基本を早めに教わる
-
学び方を設計する
- 普段の学習のやり方・進め方を学ぶ
-
自宅で自走できるようにする
-
必要なときだけスポットで塾を使う
という運用が可能になります。
私は塾長として、
「塾を早く卒業できる子」を育てることを最も重視しています。
それは、
「自立した学習者は、塾に依存しない」
という当たり前の理念があるからです。
■まとめ:間に合わないのは「子どものせい」ではなく「構造のせい」
3年になってから苦しむ子どもたちを、
私は何百人も見てきました。
彼らは怠けていたのではありません。
やる気が足りなかったわけでもありません。
むしろ、
一番苦しい時期に、一番がんばっているのです。
それでも間に合わないのは、
努力が悪いのではなく、
努力の効き目が出る構造が壊れているからです。
だからこそ、
「3年からでいい」という考えは、
子どもの努力を最大限に活かすチャンスを奪ってしまいます。
学びは積層構造。
そして設計の問題。
早期に基礎を整えれば、
短期間で伸ばせるし、塾を卒業することもできます。
■次回予告(第3回)
次回は、
「1年生が最もコスパが高い」
というテーマ。
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なぜ1年生がベストなのか
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なぜこの時期がもっとも伸びるのか
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個別・集団の選び方はどう変わるか
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教材レベルのマッチングがなぜ重要なのか
これらを“教育の投資効率”という視点で深く解説します。
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